なにに価値を感じるか


六次産業化で付加価値を・・・とか
特別な方法で生産して付加価値を・・・とか
世の中には価値=売値を上げることが、頑張っていると評価されたり
すごい、儲かってると思われ、後続者が現れたり、
若者がそれを目指したりする姿を見たり、耳にしたりする。
そう言うのが目につくのは、メディアも取り上げやすいし
色があるからなんだろう。確かにそう思う。

一方で、私の消費行動は、特別なものだからと言う意識よりも
食べ物なら美味しいか、物なら好みか、使いやすいかというように、
直感的な部分を優先する傾向がある。
そして、その対象に支払う金額が納得できるかどうかだ。

高価な物でも、旅行中や記念日、自分へのご褒美、プレゼントなど、
個人的な感情の高ぶりが財布の紐に影響することはよくある。
しかし、商品やサービスからのアプローチで財布の紐が緩むことは
ほとんど無いと言ってもいい。

むしろ、当たり前に存在する事に価値がある。
と、存在自体に価値を感じるようになった自分に最近気がついた。
それを意識するようになったのは富山県に来てからだと思う。

普通の値段で手に入る、どこにでも売ってる米がうまい。
魚が新鮮で美味いし種類も豊富なのに安い。
日本酒選びで失敗しないうえに安い酒も美味い。
近所から食材が転がり込んでくる、もちろん美味い。
なんなら立山連峰が普通に綺麗。
井戸水がミネラルウォーター級。

あげればきりが無い、ここにある普通のものがフツーに存在している事が
とてつもない恵まれた事であるという価値観に気づいてしまった。


これは恐らく県外を経験してきたことが影響しているとは思います。